23歳の自由人

NBAオタクのブログ

新卒3ヶ月経たずして退職した、超自由人が書くブログです

D・ノビツキーがNBAに残したもの

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おはようございます。こんにちは。こんばんは。

TAKU(sportotaku09)です。

 

今回は引退を公言したD・ノビツキーについて書いていきます。

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前回は、D・ウェイドのラストダンスについての記事を書きました。

まだ読んでいない方がいましたら、是非読んでみて下さい。

www.sport-otaku.com

 

  

D・ノビツキー

ヨーロッパ人のNBAへの道標を作ったパイオニアです。

正に生きる伝説です。

優勝経験もあり、誰も文句の付けようがありません。

そんな彼の魅力はなんと言っても、高身長のフェイダーウェイから放たれるアーチではないでしょうか。 

 

もはや芸術的アーチですよね。

 

そんな彼にも遂に引退の時がやってきました。

彼は、ウェイドのように引退を公言していませんでした。

だからこそ、引退を表明した時のファンの悲壮感は計り知れないものがあったと思います。

彼ほどファンから愛された選手もなかなか居ないと思います。

ホーム、アウェイ関係なく、これほど応援される選手はヨーロッパ人では初ではないでしょうか。

彼がこれほどまでに愛されたのには理由があります。

 

真のフランチャイズプレイヤー

 

t.co

彼は入団から退団までDAL (ダラス・マーベリックス)一筋でした。

チームとして好調な時期も不調な時期も共に歩んできたからこそ、ファンは彼に最大級の賛辞を送った訳です。

昨今のNBAではフランチャイズプレイヤーの存在は本当に珍しいです。

そんなDALの街から愛され、逆にノビツキーもDALを愛したからこそ、彼の今の立ち位置がある訳です。

恐らく、今後フランチャイズプレイヤーという言葉は、死語になるでしょう。

それが昨今のNBAなのです。

 

今でこそ若者の留学は頻繁に行われていますが、彼がNBAに挑戦するためにアメリカに来たのは、彼が18歳の時で今から20年以上も前です。

当時は今よりも治安は悪く、ましてや18歳は高校卒業したばかりのまだ子どもです。

気持ちの浮き沈みも多感な時期にアメリカに渡ったのはとても凄いことです。

この時点でもう尊敬に値します。

 

 ホーム最終戦

DALでのホーム最終戦でスタート出場したノビツキーは、この日はシュートタッチが良く序盤から点を重ねていきます。

彼がボールも持つ度にファンのボルテージが上がっていきます。

 

 

アメリカのNBAファンは本当にバスケを良く分かっていますね。

盛り上げ方も、盛り上がる場面も完璧です。

そして30点というスタッツを残し、試合後には今まで支えてくれたファンの目の前で引退を公言しました。

 

 

彼はこの時まで、引退を公言していませんでした。

しかし、多くのファンはこの瞬間を察していたと思います。

それでも彼自身の口から引退を公言していない以上、期待してしまうのがファンの心理です。

 

ネット上では、NBAからの引退への花道を作られたと言ったような意見もありました。

確かに、私もそれは少なからず感じています。

しかし逆を返せば、それほどまでにNBA全体から尊敬されている存在な訳です。

なかなか今回と同じようなことをできる選手もそういません。

 

現役最後の試合

最後の対戦相手は同じDivisionで長年争ってきたSAS(サンアントニオ・スパーズ)です。

終戦がスパーズというのも運命を感じますね。

そんな宿敵スパーズからのノビツキーへトリビュートビデオが送られました。

男泣きがなんとも言えないですね。

かっこよすぎます。

そしてこちらのシーンにも注目して頂きたいです。

 

ポポビッチ、名将すぎます。 

最後に

ノビツキーは間違いなく、ヨーロッパ人のNBAへの道を作ったパイオニアです。

ポルジンギスやドンチッチ、その他多くのヨーロッパ出身選手が今こうして活躍しているのは、ノビツキーの存在なしでは難しかったかもしれません。

 

ウェイド、ノビツキーNBAを長年に渡り、引っ張って来た2人の引退はとても寂しいです。しかし、引退する選手が出てくれば、これからNBAを引っ張っていく選手も出て来ます。

 

我々、NBAファンにとって悲しむ暇も与えてくれないのがNBAです。

長いようで短かったシーズンも終わり、いよいよプレイオフへと突入します。

 

次回はプレイオフの予想をしてみたいと思います。

それでは、今回も最後まで読んで頂きありがとうございました。